フォリナー 「4」



1981年にメンバーの脱退という変革期を迎えるなかリリースされたフォリナーの4枚目のアルバム。
シングル・ヒットを収録して、なんとビルボード・アルバム・チャートで10週連続ナンバーワンを記録して1500万枚を超える売り上げとなったフォリナーの代表アルバム。


 

曲目

1. Night Life
2. Juke Box Hero
3. Break It Up
4. Waiting For A Girl Like You
5. LUanne
6. Urgent
7. I'm Gonna Win
8. Woman In Black
9. Girl On The Moon
10. Don't Let Go

ジャーニーやTOTOの様な産業ロックです。
これがまたいい!フォリナー最大のヒットアルバムではないでしょうか?
ハードロック好きのVo:ルー・グラムが初めて聴かせる名バラード「ガールライクユー」や「アージェント」などヒット曲目白押し。
「ジュークボックスヒーロー」もヒットしましたね。


フォリナー 

1977年にアメリカでデビューしたロックバンド、音楽的な実権はギタリストのミック・ジョーンズが握っており、ルー・グラムの叙情的なヴォーカルが大きな特徴だった。
結成初期はハードなロック色の強い演奏も見せていたが、後期になるとキーボードを前面に押し出したソフトなサウンドに徐々に変貌を遂げていった。
1970年代後半から1980年代終盤にかけて、ロック音楽市場に巨大な存在感を放ち、多大な成功を収めた。
その莫大なレコード売上から産業ロックの代表的な例として挙げられることも多い。


     Foreigner Juke Box Hero (Live)


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フォリナー 「4」発売までの軌跡

1976年 フォリナー結成。「スーパーグループ誕生」と話題になった。

1977年 1stアルバム『栄光の旅立ち』が300万枚を売り上げ、早くも人気バンドの仲間入りを果たす。

1978年 2ndアルバム『ダブル・ヴィジョン』が500万枚を売り上げる。シングル「ダブル・ヴィジョン」が全米第2位(2週連続)を記録。ドナ・サマーの「マッカーサー・パーク」にNo.1を阻まれる。

1979年 音楽性の相違からベースのエドが脱退。リック・ウィルスが加入。3rdアルバム『ヘッド・ゲームス』は300万枚を売り上げる。

1980年 4thアルバム『4』の製作開始。この製作中にイアンとアルが脱退しバンドは4人編成となる。同時期に隣のスタジオではダリル・ホール&ジョン・オーツが『プライベート・アイズ』の製作を開始していた。ダリル・ホールの回想によると「あの時期はあまりにも忙しかった。だけどハッキリと覚えているのはエレクトリック・レディ・スタジオでフォリナーが『4』を製作していた事だ。僕らが『プライベート・アイズ』を製作したのと同時に彼らも製作をスタートさせていたんだ。ところが製作中にイアンとアルだけがスタジオに来て、2人が帰ると他の4人がやって来てアルバムを製作という事が繰り返された。そのうちイアンとアルはスタジオに来なくなった。まあ脱退したって事は後で知ったけどね・・・。それから僕らがアルバムを仕上げ、1年間のツアーに出て、次のアルバム『H2O』を製作する為にスタジオに戻って来てみると彼らはまだスタジオでアルバムを製作していたんだよ(笑)。それから僕らが『H2O』を仕上げてロードに出ても、まだ『4』を製作していたね。結局、彼らの方が僕らの約15倍ものレコードを売り上げる事になったけど」

1981年 同年発表の4thアルバム『4』は1500万枚を売り上げる記録的な大ヒットとなりビルボード・アルバムチャートで10週連続No.1を記録し、翌年のアルバム年間チャートでは第3位を記録した。その中からシングル・カットされた名曲「ガール・ライク・ユー」が大ヒットするが、同時期にヒットしたオリビア・ニュートン=ジョンの「フィジカル」とダリル・ホール&ジョン・オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」にチャート首位の座を阻まれ続けた。皮肉な事にアルバムが1位に輝いた期間もシングルが2位に泣いた期間も同じく10週間であった。ちなみに、「ガール・ライク・ユー」はキャッシュボックスとラジオ&レコーズでは1位を独走した。